現代社会を生き抜く「癒しの科学」

今回は小岩信義先生にお話をうかがいました。先生は、『ストレスと健康』の授業を担当していらっしゃいます。大学の付属研究機関「人間総合科学 心身健康科学研究所」の研究員として、心身相関の視点からの人間理解と健康づくりをテーマに、日夜研究に励んでいらっしゃいます。からだの側面として、感覚刺激と生体反応(自律神経など)の関係を、こころの一側面である、「好き」とか「嫌い」、「心地よさ」などの「情動」について脳科学の手法(ブレインイメージング法)を使って探り、大学院生との議論を楽しんでいらっしゃるそうです。

 世間は、空前の「癒し」ブームです。街を歩けば、「○○式マッサージ」、「足つぼ」、「リフレクソロジー」、「酸素バー」、「アロマテラピー」といった看板を目にします。ショップにも、多くの「癒し」関連グッズが陳列されています。なぜ、これほどまでに、現代社会では「癒し」が求められているのでしょうか?


 私たちの身体と心を癒す「癒しの方法」はさまざまですが、そこには、一つの共通項があるように思います。それは「外部刺激」の活用です。「外部刺激」とは、マッサージであれば「触覚」刺激。アロマセラピーであれば「嗅覚」による刺激のことですが、そのような外部刺激により、私たちの心は癒され、明日への元気を取りもどしているのです。「癒し系」という言葉も、今ではすっかり市民権を得ましたが、それも広い意味では、外部刺激と関連するかもしれません。例えば、あるタレントさんを「癒し系」に分類するには、風貌(視覚)や、しゃべり方(聴覚)などから捉えられる特徴が、大きなウェイトを占めていることは間違いないことでしょう。


 では、どうして、私たちは刺激を受けると癒されるのでしょうか? その理由の一つには、「刺激自体の持つ力」があるからでしょう。私たちの身体は外部から刺激を受けると、神経系や内分泌(ホルモン)系などを経て、大なり小なり何らかの「反応」を起こします。その反応は、危険の回避や逃避、不愉快な感情、楽しい感情などさまざまなものですが、この反応を上手く使って、「癒し」の方向に導くことを意図したサービスが存在します。それが最初に述べた「マッサージ」、「足つぼ」、「リフレクソロジー」、「酸素バー」、「アロマテラピー」などでしょう。身体に、①どんな刺激を、②どのように加えると、私たちの「からだ」や「こころ」にどんな反応が起きるのか? もし、この①、②の刺激の法則性がわかれば、ストレス社会で生きぬく私たちの健康管理や、健康増進に大きく貢献できるとは思いませんか? 実はこのテーマ、私たちの大学の研究所で、実際に取り組んでいる研究課題なのです。興味をお持ちの方は、本ホームページの「人間総合科学、心身健康科学研究所」をご覧下さい。


 「外部刺激」には、もう一つ大切な役割があるように思います。あなたが外部から刺激を受けるということは、あなたを取り巻く環境に何らかの変化が生じたことであり、自分自身の周りの環境の変化に気付き、それを捉えることです。それはちょっと逆説的になりますが、「自分自身を知ること」に通じます。外部刺激の多くは、私たちの意識に上り、「気持ちいい」とか、この臭いは「好きだ」とか「嫌いだ」とかを感じさせます。さらに、関連する記憶も呼び起こすことでしょう。そのことで、私たちは「自分」がこれまでどのように生きてきたか、どういう人間だったのかを意識し、自分を知ることができるわけです。


 現代社会は、「外部刺激」の宝庫、いいえ、氾濫する時代です。技術の進歩でこれまで人類が体験しなかった新しい「外部刺激」もつぎつぎと登場し、私たちは外部刺激の暴風雨に曝されています。この社会で生きていくための戦略として、私たちはなるべく外部刺激を「感じないようする」ことをいつのまにか体得してきたのかもしれません。感じない振りをして、一生懸命働いているのです。そうした日々の生活に忙殺されるなかで、自分自身のからだや、こころの状態を落ち着いて振りかえり、「自分」に戻ることの許されるほんの一瞬の時間を、私たちはお金を払って「癒し」に求めているのではないでしょうか?


 以前、肩から背中のこりで治療をしている患者さんに、私が「背中がとっても張っていますね。お疲れですね。」と話かけたら、患者さんは「本当ですか!」と、とても嬉しそうに今抱えている仕事にまつわるエピソードを話し始めました。自分が疲れていることを再確認して、その状態にいたった経緯を振り返って、リセットしてまた日常に戻る。そんな機会を今の「癒し」サービス産業は提供しているのかもしれません。上手に「刺激」を利用して、自分と向きあう時間を作りたいものです。


執筆担当:人間科学科准教授 小岩信義

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