ストレスと性周期

今回は、鍵谷方子(かぎたに ふさこ)先生のお話です。鍵谷先生は、本学の若手「生理学」研究者で、今回のお話の中心となる「自律神経が生殖機能におよぼす影響」について、おおくの研究実績をお持ちの方です。本学では、「生命のしくみ」、「人間科学論」(分担)、「ストレスと健康」(分担)など、心と体のしくみについて、やさしく、分かりやすい講義をされています。女性の健康管理の「メモ」として、スペッシャリストのお話しをお楽しみ下さい。

鍵谷方子先生

 成熟した女性では、月経に伴う腹痛など、女性生殖器系の異常に基づく心身の不調を経験する人が少なくありません。それにも関わらず私たちの生殖器系についての知識は意外に少ない現状があるように感じます。私たちの心や身体の健康を考える1つの材料として、今回は子宮内膜症に関する話題を挙げてみました。


 近年、子宮内膜症の患者さんが増加してきていると言われています。皆さんの身近にも決して珍しくはない疾患の1つでしょう。平成9年の全国規模の調査報告(厚生省心身障害研究 平成9年度研究報告書)によれば、子宮内膜症のために通院している患者さんは約12万人と推定されています。通院していない患者さんも含めれば、さらにその数倍と考えられています。


 子宮内膜症は、子宮内膜に類似の組織が卵巣や卵管、腹膜、肺など子宮内腔以外の部位に発生し、月経の度に増殖、剥離、出血を繰り返す病態です。症状として強い月経痛を伴うことが多く、月経困難症、不妊などを生じる場合もあります。30~40歳代に多発しますが、他の年齢層でも多発傾向にあります。特に30~40歳代は、体力的にも多少の無理が利き、家庭や仕事など忙しい毎日の中で自分の心身のケアは後回しになりやすい時期です。実際、この年齢層の女性では、健診を受けている割合が他の年代や同年代の男性に比べて低いようです。しかし、時には自分の心身の健康に注意を向けることも大切なのではないかと思います。


 子宮内膜について少し説明します。子宮内膜は、子宮内壁を覆っている組織で、月経周期に伴い変化する特徴があります。月経開始5日目頃から、卵巣から分泌されるエストロゲンの作用によって子宮内膜が増殖し数倍の厚みとなります。14日目頃の排卵以後は、卵巣から分泌されるプロゲステロンの分泌量が増加し、その作用によって内膜の分泌腺の働きが活発となり妊娠に備えますが、やがてプロゲステロンの分泌量が減少してくると子宮内膜は子宮から剥離し月経となります(28日目頃)。このように子宮内膜の変化(つまり月経周期)は、卵巣から分泌されるエストロゲンやプロゲステロンの分泌量が周期的に変化することによって生じているのです。


 冒頭に述べた近年の子宮内膜症増加の原因としては、エストロゲンの曝露量の増加やストレスの増加など、いろいろな説が考えられています。エストロゲンの曝露量が増加してきた一因に、食生活の変化や環境ホルモン(内分泌撹乱物質)の影響が考えられます。その他、近年進んでいる晩婚化や少子化、初経年齢の若年化によって、一生を通しての月経回数が増加し(妊娠中・授乳中は月経がない)、月経周期に伴って分泌されるエストロゲンの総量が増加していると考えられています。


 ストレス時には、交感神経活動が高まったり、視床下部の働きを介して副腎皮質ホルモン(ストレスホルモンともいう)の分泌が増加したりすることにより、種々の内臓器官に機能障害が起こることが知られています。卵巣や子宮に対しストレスがどのように影響を及ぼすのか、その仕組みは未だ明らかではありませんが、ストレスは、子宮内膜症だけでなく、排卵障害や月経異常など様々な卵巣や子宮の機能障害の一因と考えられています。


 卵巣や子宮には、自律神経がたくさん分布していることが組織学的に明らかにされていますが、その機能については殆ど調べられていませんでした。私たちの研究グループでは、一連の研究を通じて、卵巣や子宮に分布する自律神経が、卵巣や子宮の血流を調節する働きを持つこと、卵巣からのエストロゲン分泌を調節すること、子宮筋の収縮を調節すること、などを明らかにしてきています。卵細胞を育む卵巣や胎児を育てる子宮にとって、栄養や酸素を運んでくる血流が十分に適切に供給されることは重要です。またエストロゲンなどの卵巣からのホルモン分泌は、子宮などの女性生殖器系が適切に働くのに非常に重要です。そのような重要な機能に自律神経が関与しているのです。


 こうした研究成果から、ストレス時には自律神経活動が変化して、卵巣や子宮の血流が減少し、エストロゲン分泌が乱され、その結果、性周期が障害され、卵巣・子宮の機能障害が増悪されることが考えられます。近年の環境変化や生活スタイルの変化に対しては個人ですぐに対処することは難しいかもしれませんが、ストレスに上手に対応したり回避したりすることが、多くの女性の不調の一因である生殖器系の異常においても重要なのではないかと感じています。


執筆担当:人間科学科准教授 鍵谷方子先生

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