年中行事

今回お話くださるのは、大東俊一先生です。先生のご専門は比較文化研究で、とくに日本の習俗や宗教儀式について、季節ごとにその目と足で、しみじみと知見を深めていらっしゃいます。また、終末期医療についても宗教的視点からのご提言をお持ちです。

大東俊一先生

 年中行事は私たちの日常生活のリズムを形成する重要な要素であると言ってもよいでしょう。伝統的な日本社会においては、年中行事の主たる担い手は地域共同体でしたが、現代においては地域社会の崩壊や核家族化の進展などにより、年中行事の形態も変化しています。年中行事は忙しい日常生活にしばし区切りをつけるもの、言うなれば、「時の流れの句読点」です。私たちも、しばし立ち止まって、年中行事のことを考えてみましょう。次に挙げましたのは、筆者が年中行事の形態を調べているときに目についた広島県のある特別養護老人ホームの年中行事です。ホームで行われている行事の典型を示していると思われます。


 1月:新年会・誕生会、2月:節分豆まき、3月:ひな祭り、4月:花見・誕生会・蓬摘み、5月:春の遠足、6月:家族会・屋外遊宴食堂、7月:七夕・誕生会、8月:地域交流盆踊り大会・追弔法要、9月:地域交流敬老会・ふるさとめぐり、10月:誕生会・家族会&運動会、11月:紅葉狩り・一日園長・報恩講、12月:忘年会・クリスマス会・もちつき


 施設の設置主体が仏教系の団体なのでしょう。「報恩講」のような浄土真宗系の行事も見受けられますが、背景の異なる実にさまざまな行事が取り込まれています。たとえば、節分の豆まきは、平安時代に宮中で行われていた追儺(ついな)という疫神を駆逐する行事に影響を受けたとても古い行事です。そして、ひな祭りや七夕も、それぞれ起源は古いのですが、江戸幕府が五節供の式日と定めたこともあって、武家社会から民間に普及し、定着しました。8月には祖先供養の行事が行われています。盆踊りは、本来、亡くなった人の魂を鎮め、慰めるための鎮魂の芸能です。また、クリスマスは宗派の枠を超えて行われています。こういった伝統的な年中行事に加え、このホームでは誕生会といった入所者本人の個人的な記念日を行事に組み込んだりもしています。個人重視の現代社会の流れを反映したものでしょう。


 現代の年中行事においては、上記の老人ホームの例にも見られるように、人と人との交流・交歓が目的となっていますが、かつてはその目的は神や霊といった超自然的存在との交歓でした。現代でこそ、人間は科学技術の力によって自らの生活の安定を保っていますが、自然の脅威が圧倒的であった時代においては、自然の力を象徴する神霊的存在と良好な関係を維持したり、祖霊(祖先の霊)の庇護を受けたりすることが不可欠でした。農業が生業の中心であった時代においては、田の神をはじめとした農耕神が祭祀の主たる対象、交歓の対象でした。豊作を祈る予祝の儀礼から収穫を感謝する新嘗祭(にいなめさい)に至るまで、農事暦の節目において人と神との交歓が行われていました。


 祖霊については、正月、盆、彼岸、そして、各家庭の法事などにおいて祭祀の対象となっていました。とりわけ、正月は我が国の最大の民俗行事と言ってもよいですが、現在では祖霊を迎えるという感覚は薄れてはいるものの、かつては歳神(としがみ)として祖霊が戻ってくる時であるとされ、門松はその依り代でした。また、盆は昔も今も先祖の霊が戻ってくる時期と考えられており、彼岸とともに仏教と習合した重要な年中行事です。


 現代の社会ではこのような伝統的な年中行事の継承は困難になっています。行事の担い手が地域共同体から家族単位に移行していることは、先にも述べました。そして、人と人との交歓が主体になった現代においては、年中行事の内容も変化をしています。しかし、それに参加する人々の想いはそれほど変化していないのではないでしょうか。年中行事という日常生活の節目にあたり、これまで健やかに生きてきたことに感謝するとともに、今後の生活が同様に健やかであることを祈念しながら、新たな決意をもって生活を再開する。これこそまさに「時の流れの句読点」としての年中行事の本質です。均質的な時間が流れる現代の社会生活にあって、そのようなひと時を過ごすことは、心と体の健康を維持するための一助となるでしょう。


執筆担当:人間科学科教授 大東俊一

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