長寿の妙薬、赤ワイン?

今回のご担当は、庄子和夫先生です。先生のご専門は「微生物」で、ご担当教科は『微生物学』、『微生物学実験』、『老化・寿命の科学』です。イタリアのローマとベローナで計6年間研究生活を送られました。先生のワインのお話は本場仕込みであり、しかも専門家としての知識に裏付けられたものです。先生のお言葉にもありますが、「ほどほどに」楽しむと、人生を豊かにしてくれそうですね。


庄子和夫先生

 私の学問の恩師は大の酒好きで、何かと理由をつけては学生たちと飲み会を開いていました。恩師自身、学生のころには実験中に、ビーカーの中でエタノールを水で割りカラメルで色をつけて飲んでいたそうですから筋金入りです。恩師がそのような人であったためか、私も酒が大の友達です。


 世の中にはたくさんの種類の酒があり、世界各地でそれぞれの民族がそれぞれの文化を持つように、それぞれ独自の酒を作っています。例えば、日本の清酒、ヨーロッパのワイン、スペインのシェリー酒、韓国のマッコリ、中南米のラムなどなど、数えればきりがありません。このようにたくさんある酒の中で、メキシコのプルケ(テキーラ)はちょっと他の酒とは違っています。それは他の酒は、発酵のさせ方が異なっても、発酵に使われる微生物はいずれも同じ真核生物の酵母なのに対し、プルケ(テキーラ)は、酵母ではなくZymomonas(ジュモモナス)という原核生物の細菌が使われているのです。


 酵母によるアルコール発酵では、アルコールはエムデンマイヤーホッフ経路というちょっと難しい名前のついた反応経路を経て作られますが、Zymomonasではエントナードウドロフ経路という、それとは違った反応経路なのです。つまりアルコ-ルの生い立ちが違うわけです。この生い立ちの違いのために、酵母を使う一般の酒では、アルコール発酵の材料であるブドウ糖の1位から6位までの6つの炭素のうち、1位、2位、5位、6位の炭素がアルコールになりますが、Zymomonasを使うプルケ(テキーラ)は、2位、3位、5位、6位の炭素がアルコールになります。もしテキーラを飲む機会があれば、このようなことをちょっと思い出しながら飲むとまた違った味わいになるかもしれません。


 このように世の中にはいろいろな酒があるわけですが、私自身は断然赤ワイン派です。一口に赤ワインといっても、その種類となればロマネコンティ等の超高級ワイン(残念ながら私には今まで飲む機会がありませんでした。おそらく今後もないでしょう)から、名もないテーブルワインに至るまで、それこそ星の数ほどあります。赤ワインにはアントシアニン、カテキン等のポリフェノールが含まれていて、その抗酸化力の強さのため活性酸素の発生が抑えられ、種々の病気の予防にいいといわれています。ところで皆さんはフレンチパラドックスという言葉をご存じでしょうか。フランス料理にはバターをふんだんに使ったものが多く、フランス人の乳脂肪摂取量は世界のトップクラス(ヨーロッパでは1位)に属します。ですからこのような高脂肪食品の摂取による心疾患も高いだろうと予想されますが、実際はヨーロッパの中で、発症率は最下位なのです。これがフレンチパラドックスと呼ばれる謎で、そのように発症率の低い理由はフランス人が多量に消費する赤ワインにあるのではないかと考えられています。


 さて赤ワインによる効能は、ポリフェノール類による抗酸化能だけでしょうか。実は赤ワインにはレスベラトロール(resveratrol)という物質が他の食品よりも多く含まれています。 この物質自身ポリフェノールの一種で抗酸化力も強いのですが、最近の研究では、私達の寿命を延ばすのに有効ではないかと考えられています。はじめは2003年9月、アメリカの科学者、Sinclairらによって科学雑誌「Nature」に発表されました。ただこのときの発表は酵母を用いた実験結果でしたが、今年(2008年)になって、ハーバード大学のCaboらがレスベラトールによるマウスを使った寿命延長実験を「Cell Metabolism 8月号」に発表しています。従来、寿命を延ばすのに効果がある方法として、科学的に確認されているのは食事のカロリー制限を行う方法だけでした。レスベラトロールはそのカロリー制限を行ったのと同じような効果を引き起こすようです。詳しいメカニズムは省きますが、その効果はサーチュインファミリーという長寿に関わる一連の酵素群を活性化することによると考えられています。私のようなワイン好きの皆様には、とても心強い朗報ではないでしょうか。


 これで大手を振って酒が飲めますよと言いたいのですが、ただ残念ながら動物実験で与えた量のレスベラトロールを摂取しようとすると、体重換算で毎日ボトル250本のワインを飲まなければならない計算になってしまいます。よほどの酒豪でもこれは不可能でしょう。もし飲めても寿命を延ばす前に、間違いなく肝臓に障害をおこし寿命を縮めてしまいます。ただ実際には人の場合でどのくらいの量を摂取すればいいのかなどは正確には分かっていませんから、必ずしも毎日250本のワインを飲む必要があるとも言えないのですが、動物実験の結果の量を信じるとすると、ワインによる寿命の延長効果に関してはあまり期待できそうにありません。ただ、多種のポリフェノールによる抗酸化効果は期待できそうですからそれだけでも良し、といえるでしょう。それにおまけ程度ですが、毎日ボトル半分として1/500の寿命を延ばす効果もプラスされるかもしれませんし・・・。いずれにしても飲み過ぎず、酒に飲まれないことが肝心です。


 昔から酒は百薬の長といいます。適度に飲めばポリフェノールの効果にほんのちょっと長寿のおまけが付くかもしれない赤ワイン、この言葉がぴったりのお酒ではないでしょうか。


執筆担当:人間科学科准教授 庄子和夫