現代人に必要な
「よりよく生きるための知恵」

Creation of the Knowledge for well-being
「心身健康科学特別講義 誌上シンポジウム」

 現代社会は、成熟社会、定常型社会といわれ、人々は「量的」な豊かさよりも「質的」な豊かさを求め、生きがいやQOLに重きを置くようになっている。その実現のためには、人間を体系的に理解し、自分の立ち位置を知り、行動の変容を図ることが必要となる。そこで求められるのが、人間総合科学大学が提唱しているKnowledge for well-being(よりよく生きるための知恵)を創りだす力だろう。
 人間総合科学大学は、人間をこころ・からだ・文化の側面から総合的に探求することを目的に2000年開学。人間の「こころ」と「からだ」の互いの関係性から私たちの健康を考える心身健康科学という新しい学問を提唱し、現在「心身健康科学特別講義」を日本全国で展開中。そのメインテーマはKnowledge for well-being(よりよく生きるための知恵)の創造だ。そのメインテーマ「よりよく生きるための知恵」の本質について、人間総合科学大学の各先生方のお話をレポートする。

久住 眞理 久住眞理 学長
学校法人早稲田医療学園 理事長 人間総合科学大学学長 医学博士
【総論】
学ぶことによって「知識を知恵として活かす力」が得られる。

 さて私は、最初に「Knowledge for well-being」という考え方についてお話ししましょう。
 一般的に「well-being」というとき、身体的、精神的、社会的に健康な状態、幸福な状態、安楽な状態を指すことが多いのですが、本学ではさらに、私たち自身が主体的な行動や意識変革によって得られる非常に積極的な「生」を象徴する概念として提示しています。
 また「knowledge」は普通「知識」と訳されることが多いと思います。私たちはこの「knowledge」を「知」の総体としてとらえています。簡単に述べれば、学んだ「知識」を、人が生きるための「知恵」として育てることこそが「knowledge」の本質であると…、つまりよりよく生きるためには、物事を知り状況に応じて引き出す能力=知識も必要ですが、さらに環境や状況に応じて巧みに処理する課題処理能力=知恵こそ必要なのです。知識は積極的に学ぶことで得られますが、知恵は主体的に育てていかなければ高まりません。
 ですから「よりよく生きるため」には、知識以上に知恵を育てることが求められ、私たち共有の考え方として「Knowledge for well-being」を「よりよく生きるための知恵」とさせていただいているわけです。心身健康科学は、この考え方を中心におき、人間の「健康」をこころとからだの相関性から探求していくというまさに現代人にとって必要不可欠な学問領域なのです。
 さまざま知識は、科学技術や社会づくりに活かされて明日の生活を支えていますが、ひとりひとりが身につけた知恵は人間を大きく変える原動力になると思います。言い換えれば、生活の中で活きる知恵こそが、20年、30年後の社会を変え、100年後の時代を変え、これからの人類の歴史を作っていくことになるのです。その基礎を作るのが、ひとりひとりの「学び」にあると私たちは考えています。
 「よりよく生きるための知恵」を育てることができれば、それを養う環境があれば、どんなに時代が変化し、社会がパラダイムシフトをしても、自立的に、主体的に、しかも(人間として、また自分自身の健康について)納得して生きていくことができます。ここに心身健康科学を生涯にわたって「学ぶ」ことの意義があるのです。

筒井 末春 筒井末春 教授
人間総合科学大学副学長 人間総合科学研究科長 日本心身健康科学会会長
【心身医学】
複雑なストレス社会を生き抜く知恵とはなにか。

 皆さんは「ストレス社会」という言葉を耳にすることが多いと思いますが、実際にストレス社会を生き抜くには何が必要かという明快な回答はだれも見出せてはいないのではないでしょうか。
 人間は、すべて生から始まって死にいたるわけですけれども、そのライフサイクルの中で健康というものを基盤に人間を見た場合、からだもこころも社会も含めた健康というものに、自分たちの関心、理解を向けなければなりません。そうしない限り、ストレス社会の(構造的)問題は永遠につきまといます。現状では、ストレスに曝された人間を、どちらかというと心身のバランスが崩れてしまった弱い人間という見方をしていることが多いと思いますが、個人だけに目を向けることを乗り越えて、人間がもっとよりよく生きるためにはどうすればいいかという、ポジティブな思考、ポジティブな行動、そういうものを推し進めていく必要があります。まさに「こころ」「からだ」「文化・社会」の各側面からトータルに人間を考えていかなければならない。これが「ストレス社会を生き抜くため」には必要な意識になると思いますね。
 もうひとつ大切なのが、さまざまな(ストレス性)疾患を診る、看護する、支援する側の問題です。ストレスで倒れる方を見ていますと、生活習慣病との関連が多く見受けられます。からだの病気はからだの病気だけで、こころの病気はこころの病気だけを治療すればいいのではなくて「こころ」「からだ」が関連しあって健康を回復していくという場合が多いのです。そこで、心身健康科学を学ぶ学生さんを見ていると、専門的な知識よりも現場で役立つ知恵を求めてやってくる。学生さんは、からだの病気であってもこころの面もいっしょに見ながら看護や介護ができるようになる。そうするといままであんまり病状がよくならなかった患者さんもどんどん回復していく。知恵に裏づけられた経験が、さらに経験されていくといった流れが成立して、この経験知が自信につながっていく。この連鎖がストレス社会を抱える日本にとって非常にいいことである、そう信じています。

新井 康允 新井康允 教授
人間総合科学大学 人間科学部 学部長
【脳科学】
高齢者であっても、脳は使い方によって大きく変わる。

 私たちの脳は生まれてから、よりよく使うことによって成長期はもちろん高齢に至るまで柔軟な発達を遂げていきます。ここで知っておいてほしいのが「脳は使い方次第で変わる可能性がある」ということです。
 これまではヒトの脳は、ある部分が傷ついてしまうと元には戻らないというのが定説でした。ところが近年なって、大人の脳でも、ある特定の場所で新たに神経細胞が生まれるということがわかってきました。これを専門的にはニューロン新生と呼んでいますが、特に記憶などにとって重要な働きをしている海馬の歯状回という部分では、大人になってからでも使い方によって毎日神経細胞が生まれているということがわかっています。海馬は脳の中央奥にある部位ですが、視覚や嗅覚など感覚器官を通して得られた情報を一時的に短期記憶する働きをしています。その後、情報は整理されて大脳皮質に長期記憶として保存されます。このとき海馬には、記憶のヒントが残されており、私たちの記憶が何かのきっかけでよみがえるというのは海馬が働いているためなのです。そんなわけで海馬に大きなダメージが与えられると、今経験したことが次の瞬間に思い出せないという事態に陥ってしまいます。
 先ほど「使い方によって」ということを言いましたが、脳は過度なストレスに弱い臓器でもあります。しかし、適度な刺激は脳に刺激を与え、ニューロン新生を促進するということがわかっています。海馬を例にすると、海馬は脳の中でも頻繁にニューロン新生が起きる場所であり、ここにはニューロンのもととなる神経幹細胞が存在しています。神経幹細胞とは、増殖分裂して新しい神経細胞となる細胞ですが、この細胞が活性化することでニューロンの増殖がおこなわれます。そのために役立つのが、ひとつが「学習」「運動」「環境」「食」であると言われています。つまり高齢者であっても、学んだり、運動したり、さらにはバランスの取れた食事や生きがいのある環境にあることでニューロン新生が促進する、脳が若返る可能性が十分あるのです。脳科学から見ると、よりよく生きようとする前向きな姿勢こそが、脳の活性に有効であるといえるわけです。

青木清 青木清 教授
人間総合科学研究科 研究科長代行・心身健康科学専攻長
【生命科学】
宇宙、素粒子、生命、ヒト、人間…私たちの存在

 よく久住学長と話をしていますと「私たちの立ち位置」という言葉が出てきます。この言葉は、生命科学の立場からみると非常に奥深い意味合いがあるのです。
 1977年に公開された『POWERS OF TEN』(チャールズ&レイ・イームズ)という作品があります。タイトルのPowersとは「力」ではなく「べき乗」ということで、「10のX乗」という意味ですが、この作品では、寝そべっている男女が、ズームアップして、北アメリカが、地球が、さらに太陽が見え、太陽系が近づき、恒星が見え、ついに銀河系を越えてしまいます。そして一転し、画面はミクロの世界へと移っていきます。男性の手から、皮膚内のリンパ球が、細胞内の遺伝子が、そして分子構造が見え、最終的にクォーク(素粒子)にまで行き着きます。この作品は、宇宙の誕生から現在に至るまでを、巨大な宇宙からミクロの世界まで一気に見せてくれるのですが、これら地球に人類が生まれ、現生人が存在するということを見事に示しています。
 そこで「私たちの立ち位置」の話に戻りますが、私も青春時代に「私ってなに?」「人間ってなに?」ということを普通に考え、皆さんと同じように悩んだ人間のひとりです。
 その後、自然科学を学び、生命科学や生命倫理を研究してきましたが、私たちの存在を知ることは、すなわちいのちの誕生や発生を知ることなくして理解できないと思っています。宇宙の誕生から、生命の誕生、さらに生命進化、人類の誕生と進化…などの連続する生命の歴史を理解することによって、今ある、私たちの本質的な立ち位置が認識できると考えているのです。

小林修平 小林修平 教授
人間総合科学大学 人間総合科学研究科 健康栄養科学専攻長
【栄養学】
飽食、偏食の時代の栄養不足…バランスよく食べるために知恵を活かす。

 飽食の時代といわれて久しいのですが、その中で「栄養のアンバランス」「不規則な生活習慣による欠食」「食生活の画一化」「ダイエットなどによる貧相な食事」など、多様な食の問題が現代人を襲っています。さらに食を含む生活習慣の変化は、糖尿病や高血圧、肥満など生活習慣病の発症率を押し上げています。その現代人の嗜好も、肉やスイーツ、スナック菓子などを好むあまり脂質などを過剰に摂取する結果を生み、その一方で微量栄養素である、「ビタミン」「微量ミネラル」が欠乏するといった状態を招いています。それに加えて食材、果実や野菜そのものの栄養素の天然含有量が減少しているという報告もあり、現代人は、飽食の時代にありながら、栄養不足の状態に陥る可能性もあるという、非常にパラドクスな状況下にあるのです。
 では、バランスのよい食・栄養を摂取し、健康のレベルを上げ、生活習慣病の予防を目指すためにはどうしたらいいのでしょうか。もちろん専門家からのアドバイスが必要な場合もあるでしょう。しかし、本来の解決には、私たちひとりひとりの行動の変容、それを促す機会が重要な要素になります。しかも食は健康に影響を及ぼすだけでなく、生活の喜びや人間同士のコミュニケーションに果たす役割も大きく、「よりよく生きるための知恵」という主張は、たとえば超高齢社会下の人間ひとりの生涯や、妊娠、出産、育児の主役である女性の健康、さらに次世代の子どもの食と栄養を考えるにあたって重要な示唆を与えてくれます。その意味で、人間の「こころ」と「からだ」、そして「社会・文化」の視点からダイナミックに人類の食を考えていくという、心身健康科学は現代人の栄養を考える際に必須の学問領域なのです。

藤田紘一郎 藤田紘一郎 教授
人間総合科学大学教授、医学博士
【免疫学】
社会が変わるとからだの免疫も変わる。そこで現代社会は?

 皆さんもご存知のように、アレルギー病とは、アトピー性皮膚炎、気管支喘息、花粉症などIgE抗体が関与する疾患群をいい、がんとは、いつまでも寿命に至らない細胞が増殖し、正常細胞が必要とする養分を奪ってしまう細胞の総称です。そのアレルギー反応には、免疫機構のうちTh2細胞が関与し、がんにはTh1細胞が関与することがわかっています。そしてこれらの病気を予防するには、免疫力を高めることが最も必要になるのです。
 そこで免疫力を高めるということを考えてみます。我々の免疫力の70%は腸内細菌が作っています。人間の腸内細菌は、500種類、100兆個、重さにして1.5kg。乳酸菌、ビフィズス菌、大腸菌などが互いにバランスを取り、免疫を高めたりビタミンを作ったりしています。しかし、現代の人間社会はそうした細菌を汚いものとして排除しようとしています。そして免疫力のあとの30%は何かというと、それは心の問題ですね。笑うとか、前向きに考えるとか…といったことが免疫力を高めます。そして、より大きな免疫力を得るためには、生まれてからすぐ免疫力をつけることが重要です。まず母親の初乳を飲み、普段からウイルスや細胞などの微生物とつきあい、免疫力を高める食品をとったり、ストレスのない生活習慣を送ることなどが大切です。
 以上、免疫力を強化するという点で述べみましたが、実はこのようなことは専門の教科書には書かれていません。専門知識としては記されていないのです。しかし、このようなことを知っておくことは、母親として、人間として身につけておくべきなのです。つまり総合的な「よりよく生きるための知恵」は、生きるうえで本当に大切なんです。

「学修支援」
よりよく生きるための知恵を
分かりやすく要点をまとめたテキストです。

「心身健康科学シリーズ」発刊


 人間総合科学大学はこのほど、こころとからだの関連性と健康を考え、「Knowledge for well-being(よりよく生きるための知恵)」を現代社会に活かすためのテキスト「心身健康科学シリーズ」を発刊しました。
 「心身の相関の観点に立つとき、そこに意志をはたらかせ、心身両者のバランスをとることで、より賢くいきることができる」…。こころとからだの相関的な把握を重要視し、ストレスをはじめ複雑で多面的な現代にはびこる心身の問題を解き明かします。
 テキストは、心身健康科学という新たな学問領域を開拓しようと医学、保健、精神など各専門分野をリードする同大学教授陣が執筆しています。シリーズ第一弾は「心身健康科学概論」、「ストレスと健康」、「心身医学」、「行動科学概論」、「生命科学概論」、「生命倫理学」の全六冊です。
「心身健康科学シリーズ」の詳細はこちら

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